top of page

【コラム】遍照院の施餓鬼会で学んだ「六道」と現代社会

  • 執筆者の写真: Yuya Koike
    Yuya Koike
  • 6月1日
  • 読了時間: 3分

5月31日(日)、遍照院の世話人会の一人として施餓鬼会に参加しました。


施餓鬼(せがき)とは、餓鬼道で苦しむ存在のみならず、先祖や亡き方々へ供養を捧げる仏教行事です。私たちが今ここに生きていることへの感謝とともに、命のつながりや人としての在り方を見つめ直す大切な機会でもあります。


法要後には、「六道(ろくどう)」についてご講和もいただきました。


【六道とは - 現代社会とのつながり -】


六道とは、人の心や生き方によって現れる六つの世界観を示したものだそうです。


  • 天(てん):喜びや満足に満ちた世界。恵まれた状態である一方、その安楽に執着すると苦しみの本質を見失うともいわれます。

  • 人(にん):苦楽が入り混じる私たちの世界。悩みや迷いがあるからこそ、学びや成長、仏道修行の機会に恵まれる世界です。

  • 修羅(しゅら):争いや競争、怒りに支配された世界。他者と比較し、勝ち負けに囚われる心の状態を表します。

  • 畜生(ちくしょう):本能や欲望に流される世界。視野が狭くなり、理性よりも衝動が優先される状態とされています。

  • 餓鬼(がき):満たされない欲望に苦しむ世界。どれだけ求めても足りず、渇望や執着から離れられない心を象徴します。

  • 地獄(じごく):激しい苦しみや絶望に覆われた世界。怒りや憎しみ、深い苦悩に囚われた状態とも解釈されます。



現代社会を振り返ると、六道の教えは決して昔話ではなく、むしろ私たちの日常に深く関わっているようにも感じます。とりわけ、絶え間ない競争や他者との比較が促される社会構造は、修羅の世界に通じる側面があります。また、情報や物が溢れ、便利さや豊かさを手にしながらも「もっと欲しい」「まだ足りない」と感じ続ける環境は、餓鬼の世界に落ち入りやすい構造ともいえるのかもしれません。


単なる死後の世界の話ではなく、私たちが日々どのような心で生きているか、その状態を映し出す教えでもあると伺いました。


【六道の教えから学んだ、今こそ心に留めておくべき大切なコト】


講話を聞きながら、私は現在の世界情勢や国内を取り巻く環境そのものと重なる部分があるように感じました。


ロシアによるウクライナ侵攻、中東情勢の緊迫化、そして国内政治や社会に漂う分断や閉塞感――。


こうした出来事は決して遠い世界の話ではなく、人間一人ひとりの心の在り方や価値観とも無関係ではないのかもしれません。


私は人間の「外」と「内」は密接に関係していると考えています。


外部環境によって心は大きく影響を受けます。一方で、私たち自身の気の持ち方や物事の受け止め方によって、同じ世界でも違って見えることもあります。


だからこそ、自分本位な視点だけに留まらず、マクロな視点とミクロな視点の双方を持ちながら、物事を多面的に見る姿勢が大切なのではないでしょうか。


固定観念に捉われず、これまで考えなかった側面にも目を向け、理解しようと努めること。


それこそが、複雑化する現代社会を生きる私たちに求められている姿勢なのかもしれません。


施餓鬼会を通じて、改めて「心の豊かさ」と「他者へのまなざし」の大切さを考える時間となりました。

コメント


bottom of page